高松高等裁判所 平成7年(う)121号 判決 1996年1月25日
主文
原判決のうち、被告人に関する部分を破棄する。
本件のうち、右破棄部分を松山地方裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は、被告人作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官高田謙作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。
論旨に対する判断に先立ち、職権によって調査すると、原判決は以下の理由により破棄を免れない。
すなわち、原判決は、本件被告人に関する罪となるべき事実として、全く公訴事実にそって「被告人は、政治結社甲野党総裁であり、B(原審共同被告人)は、政治結社乙山会会長であるが、四国電力株式会社が発電所ダムに流入した流木等の漂流物の処理を丙川建設株式会社に依頼し、右丙川建設株式会社の下請け業者である丁原運輸有限会社が同社管理の空き地に集積していた流木が燃える火災が発生したことを聞知するや、被告人、Bの両名は、共謀の上、平成六年八月三日午後四時二五分ころ、松山市《番地略》所在の四国電力株式会社松山支店において、同支店副支店長C(当時五一歳)に対し、Bが「政治結社乙山会会長B」と印刷された名刺を、被告人が「政治結社甲野党総裁A」と印刷された名刺を、それぞれ手渡した上、こもごも「今回の火災は、丙川が流木を処理しようとして起きたものだ。丙川のようなずさんな業者に流木の処理を請け負わせたのは四国電力の責任だ。今後どうするんぞ。四国電力としてどうするかはっきりせい。」「今回の火災は、ずさんな業者に請け負わせた四国電力の責任じゃ。四国電力がこのことできちんとした対応をせんかったら、伊方原発の反対運動を起こすぞ。今後、四国電力は、丙川建設と契約しないと約束しろ。」などと申し向けて前記の四国電力株式会社の営業活動等にいかなる妨害をも加えかねない気勢を示して脅迫し、もって、団体の威力を示して脅迫したものである。」と判示し、罰条として、平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、暴力行為等処罰に関する法律一条(同刑法二二二条一項)を掲げ、被告人らの判示行為は、暴力行為等処罰に関する法律一条の団体示威脅迫罪にあたるとしている。
ところで、前記刑法二二二条の脅迫罪は、意思の自由を保護法益とするものであることからして、自然人を客体とする場合に限って成立し、法人に対しその法益に危害を加えることを告知しても、それによって法人に対するものとしての同罪が成立するものではなく、ただ、法人の法益に対する加害の告知が、ひいてその代表者、代理人等として現にその告知を受けた自然人自身の生命、身体、自由、名誉または財産に対する加害の告知にあたると評価され得る場合には、その自然人に対する同罪が成立するものと解され、このことは、同条を構成要件の内容として引用している暴力行為等処罰に関する法律一条の団体示威脅迫罪においても異ならない。(大阪高裁昭和六一年一二月一六日判決・判例時報一二三二号一六〇頁以下参照)
そこで、原判決をみるに、原判決は、前記のとおり、その罪となるべき事実の判示において、脅迫行為の加害の対象を「四国電力株式会社の営業活動等」とし、具体的な脅迫文言についても「伊方原発の反対運動を起こすぞ。」などともっぱら同社の営業等に向けられたと解されるものばかりを摘示し、害悪の告知を受けた相手方についても、個人ではなく同社の業務活動に関する役職者の表示と解される「四国電力株式会社松山支店副支店長C(当時五一歳)」としていること、そして、右の同社の営業活動等に対する加害の告知が、ひいて現にその告知を受けた右C自身の法益に対する加害の告知にあたると評価され得ることを示すような事情は全く摘示していないことに照らすと、原判決は、もっぱら前記会社自体に対する団体示威脅迫の事実を認定、判示し、これに暴力行為等処罰に関する法律一条(同刑法二二二条一項)を適用したものと解するほかはない。そうすると、原判決は、罪とならない事実を犯罪事実として認定、判示して、これに刑罰法令を適用したことになり、法令の解釈、適用を誤ったものというべきで、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。
よって、論旨について判断するまでもなく、右の点で原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用の誤りがあるので、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決のうち、被告人に関する部分を破棄し、前記会社の営業等に対する加害の告知がひいて前記C自身の法益に対する加害の告知にあたると評価され得るような事情が存するか否かについて、検察官に釈明を求めるなどして更に審理を尽くさせるため、同法四〇〇条本文により本件のうち、右破棄部分を松山地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 米田俊昭 裁判官 山本恵三 裁判官 大泉一夫)